(English blog: How Effective IR Can Be a Competitive Advantage | One World Link)
前回のブログでは、Palantir Technologiesの会長であるピーター・ティール氏の動画が再び注目を集めたことを取り上げました。同氏は、AIの普及が数学系の分野と文章系の分野に与える影響の違いについて言及しています。
また、Wall Street Journalの記事をもとに、企業が「ストーリーテリング」を通じた情報発信を重視する傾向が高まっている点についても紹介しました。
本記事では、この議論をさらに一歩進め、投資家向け広報における効果的なストーリーテリングが、なぜ競争優位性につながるのかを考えていきます。
IRにおいてストーリーが重要な理由
投資家は、数値だけで企業を評価しているわけではありません。
財務指標は重要な判断材料ですが、その数値の背景にある戦略を理解することも同様に重要です。
調査によれば、投資家向け広報におけるコミュニケーションの質や頻度の向上は、企業価値、流動性、機関投資家保有比率の改善につながることが示されています。(*IDEAS / RePEc journal article)
言い換えると、優れたストーリーは市場における企業の評価に影響を与える可能性があります。
このストーリーは一般に「エクイティストーリー」と呼ばれ、以下の要素を結び付ける役割を果たします。
・事業戦略
・競争ポジション
・成長機会
・資本配分の方針
・長期的な価値創造
ここで、Corbin Advisorsによるレポート『Maximizing Valuation Through Strategic Investor Communication』を見てみます。Corbin Advisorsは、投資家向け広報およびコミュニケーション分野における戦略アドバイザリーを提供し、上場企業の持続的な株主価値の構築を支援する米国企業です。本レポートでは、現代の資本市場において効果的なコミュニケーションの重要性が高まっている点が示されています。
投資コミュニティへの24,000件以上のインタビューに基づく同社の調査によれば、企業価値の約40%は投資家向け広報およびコミュニケーションによって、プラスにもマイナスにも影響を受ける可能性があるとされています。また、強い実行力と優れたコミュニケーションを両立していると認識されている企業は、株価上昇率において同業他社を大きく上回る傾向があることも示されています。(Corbin Advisors PDF)

Corbin Advisors, Maximizing Valuation Through Strategic Investor Communication, 2025
多くの企業を同時にフォローし、膨大な情報に直面している投資家にとって、明確で説得力のある投資ストーリーは、関心を引き付け、長期的な信頼を構築するうえで重要な役割を果たします。詳細については、ぜひ本レポートをご参照ください。
企業コミュニケーションにおけるAI活用の拡大
近年、多くの企業がコスト削減や業務効率化を目的に、AIの活用を進めています。投資家向け広報の分野では、人員の削減や、従来は外部の翻訳会社やコミュニケーション専門家に委託していた業務を、AIツールや生成系翻訳によって内製化する動きとして現れています。
一方で、企業文書においてAIツールや生成系翻訳に依存することは、反復的で二次的なアウトプットにより、自社独自のストーリーや表現を失うリスクを伴います。
一見すると、AIの活用や人員削減は効率的に見えます。AIツールは、日本語の原文から英語の文章を迅速に生成でき、情報の要約やドラフト翻訳も短時間で行うことが可能です。しかし、AIへの依存度が高まるほど、企業固有の表現やストーリーが徐々に失われていく可能性があります。
多くの企業が同様のツールやプロンプトを使用すると、アウトプットは画一的になりやすくなります。その結果、企業のメッセージは次第に均質化し、汎用的で競合他社との差別化が難しいものになっていきます。
日本語から英語への翻訳の難しさ
日本語と英語は、翻訳において大きく異なる言語です。文構造、語彙の選択、ビジネス文書のトーンに至るまで、明確で効果的なコミュニケーションを実現するには、単なる直訳以上の対応が求められます。
日本語のビジネス文書は、長い文、間接的な構造、主語の省略に依存する傾向があります。一方で、英語の投資家向けコミュニケーションでは、結果を先に示す構成、明確な主語、能動態が一般的です。
大規模言語モデルを用いた翻訳では、日本語の文構造をそのまま反映した英文が生成されることが多くあります。文法的には正しくても、直訳に近い英文となりやすい点に注意が必要です。
このような英文は、海外投資家にとって読みにくく、理解しづらい場合があります。日本語の構造に過度に依存すると、メッセージが伝わりにくくなり、コミュニケーションの効果が低下する可能性があります。
さらに、サステナビリティやESG開示においては、近年さまざまなフレームワークやガイドラインが普及しています。ISSB、GRI、TCFDなどの基準では、類似した情報を類似した用語で開示することが求められる傾向があります。その結果、英訳後のサステナビリティ関連の記述が、各社でほぼ同じ表現になるケースも見られます。
これらのガイドラインに従うことは不可欠です。しかし、どのように伝えるかについては、各社に裁量があります。
簡潔で明確な文章は、より少ない語数で同じ情報を伝えながら、自社の戦略や強みを際立たせることができます。同じ開示内容であっても、より分かりやすく効果的に伝えることで、グローバル投資家に対する差別化につながります。
コミュニケーションによる差別化
現代の投資家は膨大な情報に直面しており、機関投資家の多くは同時に数十社をフォローしています。
このような環境では、明確かつ一貫性のあるコミュニケーションを行う企業ほど、投資家の中で際立ちやすくなります。
質の高い投資家向けコミュニケーションは、企業にとって以下の点で有効です。
・投資家との信頼関係の構築
・複雑な戦略の明確な説明
・競合他社との差別化
・長期投資家の獲得
そのため、ストーリーテリングに注力する企業は、汎用的なコミュニケーションに依存する企業に比べて優位性を確保しやすくなります。
Plain Englishの活用
IRコミュニケーションを改善するための実務的な方法の一つが、Plain Englishの活用です。
Plain Englishは、明確さと分かりやすさを重視する書き方であり、グローバルな読み手に向けたコミュニケーションに適しています。このアプローチでは、投資家が容易に理解できる形で情報を提示することが求められます。
Plain Englishについては、こちらの過去ブログもあわせてご覧ください。今後のブログでは、Plain Englishの考え方や実務での活用方法について、さらに詳しく解説していきます。
まとめ
近年、多くの企業が翻訳にAIや生成系ツールを活用するようになっています。しかし、効果的なIRは単にスピードや量の問題ではありません。メッセージの質と、自社ならではのストーリーをいかに差別化するかが重要です。
質の高いコミュニケーションとプロフェッショナルなライティングに取り組む企業は、投資家の理解を深め、信頼関係を構築し、グローバルな資本市場において差別化を図ることができます。
Mia Omatsuzawa 大松澤実絵
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