DeepL・生成AI・専門家、英文IRではどう使い分ける?~AI時代の英文IR実務  |  Vol.02~

―「どれが一番?」ではなく、工程で考える

DeepL、ChatGPTなどの生成AI、そして翻訳会社や翻訳者。英文IRを作成する方法が増えたことで、企業のご担当者から「結局、どれを使うのが一番よいのでしょうか?」というご相談をいただくことが増えました。

結論から言うと、英文IRでは、どれか一つに統一することが必ずしも最適とは限りません。

DeepL、生成AI、専門家のどれか一つを選ぶことが正解ではありません。「何を任せるか」「何を参照させるか」「どこを人が判断するか」を設計することが重要です。

One World Linkは約15年にわたり、日本企業の英文IRやコーポレートコミュニケーションを支援してきました。AIの進化によって変わったのは、「翻訳会社に頼むか、自社で翻訳するか」という選択肢だけではありません。いまは、それぞれの技術や専門家を、どの工程で使うかを設計することが、英文IR実務の重要なテーマになっています。

まず押さえたい:3つは同じ役割ではない

DeepL、生成AI、専門家は、すべて英文作成に利用できます。しかし、それぞれ得意なことは異なります。

01  DeepL02  生成AI03  専門家
得意:高速な翻訳・定型文・大量処理

ポイント:企業固有の用語・過去訳との接続
得意:文脈理解・再構成・柔軟な指示

ポイント:根拠・意味変化・出力の確認
得意:意図・ニュアンス・IR文脈の判断

ポイント:高リスク箇所と最終品質

01 翻訳に特化しているからこその強み

大量の文章を短時間で翻訳したり、原文と訳文を対応させながら処理したりする用途に強みがあります。また、用語集などの機能を使い、企業固有の用語や指定訳を翻訳に反映することもできます。

・定型的な文章

・繰り返しの多い開示

・大量のテキスト

・使用する用語が明確な文書

こうした文書では、非常に有効な選択肢です。一方で、ツールを導入するだけで、自社の過去開示や年度ごとの変更、経営メッセージの意図まで自動的に適切に反映されるわけではありません。「どのツールを使うか」と同時に、「何を参照させるか」を考える必要があります。

02 生成AI:柔軟さが強み

生成AIの大きな特徴は、単に日本語を英語に置き換えるだけではないことです。例えば、次のような指示にも対応できます。

・この段落をもう少し簡潔にする

・主旨を先に出す

・この用語を必ず使用する

・海外投資家にも理解しやすい構成にする

・複数の訳案を比較する

・なぜこの英語が不自然なのか説明する

英文作成だけでなく、文章を考える作業そのものを支援できることが生成AIの大きな強みです。ただし、柔軟性が高いことと、正確性が保証されることは同じではありません。英文IRでは、「自然に読めるか」だけではなく、「何を根拠にその英文が作られたのか」まで見る必要があります。

03 専門家:役割は「英語を直すこと」だけではない

AIが初稿を作れるようになったことで、専門家の役割も変わっています。以前は、翻訳者が日本語から英文を一から作成すること自体に大きな価値がありました。現在はそれに加えて、次のような「判断」の重要性が高まっています。

・原文の本当の意図は何か

・過去の開示と整合しているか

・原文より強い/弱いメッセージになっていないか

・IR文書として適切な表現か

・海外の読み手にはどう受け取られるか

・文章として読みやすいか

例えば、「目指します」「見込んでいます」「実施します」は、日本語では近い文脈で使われることがありますが、英文IRでは企業のコミットメントの強さが変わる場合があります。このような判断は、単なる文法チェックとは異なります。

文書によって、最適な組み合わせは変わる

英文IRはすべて同じ方法で作る必要はありません。One World Linkの実務では、文書の性質によって必要な判断の量が大きく異なります。

・決算短信・定型開示

過去訳や定型表現が多く、前年との継続性も重要です。このような文書では、「翻訳メモリ・用語・過去訳+AI/翻訳ツール」を活用できる範囲が比較的大きくなります。重要なのは、毎回新しい英文を作ることではなく、すでに承認された企業の英語資産を正しく再利用することです。

・決算説明会資料

定型的な部分もありますが、新しい経営施策、業績説明、見通しなども含まれます。AIや翻訳ツールを活用しながら、新規メッセージや重要な説明部分を人が重点的に確認する、という運用が考えられます。

・社長・CEOメッセージ、統合報告書

意味が正しいだけでは十分でないケースが多くあります。文章のリズム、メッセージの強さ、論理構成、読み手への印象まで含めた判断が必要になるため、専門家が関与する価値が高い領域です。AIを使えないという意味ではなく、初稿作成や文章整理に活用しつつ、最終的に「どう伝わるか」を見る工程を残すことが重要です。

「どのAIを使うか」の前に確認したい4つのこと

新しい翻訳ツールやAIを導入するとき、製品比較から始めたくなります。しかし、その前に次の4点を確認すると、必要な仕組みが見えやすくなります。

01 自社の過去訳はどこにありますか?

前年の統合報告書、決算資料、適時開示など、すでに承認された英訳は企業の重要な資産です。それを毎回探す状態なのか、すぐ再利用できる状態なのかで、AI活用の効率は大きく変わります。

02 正式な用語はどこで管理していますか?

事業名、サービス名、KPI、経営用語など。英語として正しい訳語が複数存在しても、企業として採用する英語は一つというケースがあります。

03 どこまでAIに任せますか?

すべての文章を同じリスクとして扱う必要はありません。定型文とCEOメッセージでは、必要なレビューの深さが違います。

04 最終判断を誰がしますか?

AI、翻訳ツール、外部翻訳者を使っても、最後に「この英文を会社として公開してよいか」を判断する工程は残ります。

AI時代は「ツール選び」から「運用設計」へ

英文IRの実務で避けたいのは、DeepLで作った英文、生成AIで修正した英文、前年の翻訳、社内の用語集、翻訳会社から戻ったファイルが、それぞれ別の場所にあり、最後は担当者が手作業で照合している状態です。

AIが進化すればするほど、こうした管理が重要になります。これは翻訳エンジンの問題ではなく、企業の英文IR Knowledgeをどう管理するかという問題です。

OWLBASEが目指していること

OWLBASEは、DeepLや生成AIと「どちらが優れた翻訳ツールか」を競うことを目的としたサービスではありません。

企業ごとの翻訳メモリ、用語、過去訳を活用しながらAI-assisted translationを行い、Word、Excel、PowerPointなど実務で使用するファイルを扱い、必要に応じてOne World Linkの専門家による翻訳サポートにつなげるためのプラットフォームです。

KEY TAKEAWAY

AIが得意な処理 + 企業が持つ英語資産 + 専門家が行う判断 を、一つの運用につなぐことです。

まとめ

DeepL、生成AI、専門家。重要なのは、「どれが一番よいか」を決めることではありません。文書の性質に合わせて、次の4点を設計することです。

・何をAIに任せるか

・何を過去訳や用語から参照するか

・どこを専門家が判断するか

・その判断を次回どう再利用するか

AIによって英文を作る時間は確実に変わりつつあります。だからこそこれからの英文IRでは、翻訳そのもの以上に、「企業の英語をどう管理し、継続して使うか」が重要になっていくとOne World Linkは考えています。

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参考情報

1. 東京証券取引所「英文開示実践ハンドブック」

2. DeepL Help Center「About the glossary(用語集について)」

3. NIST AI 600-1「Artificial Intelligence Risk Management Framework: Generative Artificial Intelligence Profile」

AI翻訳の英文が「自然」でも安心できない理由~AI時代の英文IR実務  |  Vol.01~

英文IRで見落とされやすい7つのリスク

生成AIや機械翻訳を使えば、英文開示の初稿は以前よりはるかに速く作れるようになりました。英文も一見すると自然です。だからこそ、いま注意したいのは「読める英語が出た=そのまま公開できる英語」と判断してしまうことです。

2025年4月以降、プライム市場の上場内国会社には、決算情報と適時開示情報について、日本語と同時に英語で開示することが原則として義務付けられています[1]。英文作成のスピードはこれまで以上に重要です。一方で、公開資料である以上、短時間でも品質を落とさない運用が必要です。

AIの「流暢さ」が、確認を難しくする

まず前提として、現在の機械翻訳もAI技術を利用しており、「機械翻訳」と「AI翻訳」を厳密に二分することはできません。本記事では便宜上、翻訳に特化した機械翻訳(MT)と、大規模言語モデルを使う生成AIを分けて説明します。近年の機械翻訳は大きく改善しており、単純に「文法ミスが多い」と一括りにするのは適切ではありません。一方、文書全体の文脈や専門分野の用語、一貫性などは依然として重要な課題です。金融分野の文書レベル翻訳を扱ったDOLFIN研究でも、文脈を考慮するモデルとそうでないモデルの差が確認され、金融テキストでは文脈を踏まえた翻訳評価が重要であることが示されています[5]。

生成AIには別の難しさもあります。NIST(米国国立標準技術研究所)は、生成AIが誤った内容を自信を持って提示する現象を「confabulation」として整理し、入力と異なる内容や事実と異なる出力、内部的に矛盾する出力が起こり得ると説明しています[4]。つまり、生成AIで英文がより自然になったとしても、「自然に読めること」と「原文・事実・企業固有ルールに照らして正しいこと」は別に確認する必要があります。

英文IRで見落とされやすい7つのリスク

以下の7つは、JPX・NIST・学術研究で確認できる一般的な論点に加え、One World Linkが英文IR、統合報告書、決算関連資料などの翻訳・校閲で繰り返し確認してきた実務上の観点を整理したものです。個別顧客の非公開情報や事例は使用していません。

1. 意味は近いのに、重要なニュアンスが変わる

AIは文脈上もっともらしい英文を作れますが、主語、因果関係、条件、時期、確実性などが微妙に変わることがあります。IRでは、例えば「目指す」「見込む」「計画する」「実施する」は同じ強さではありません。英文が自然でも、企業としてのコミットメントが原文より強く、または弱くなっていないかを確認する必要があります。

2. 数字が合っていても、財務用語や表の意味がずれる

IR資料では、数字そのものだけでなく、その数字が何を示すのかが重要です。金融・会計分野では、一般語と専門用語で意味が異なるケースや、文脈によって適切な訳語が変わるケースがあります。DOLFIN研究も、金融分野では文書レベルの文脈を踏まえた翻訳が重要であることを示しています[4]。One World Linkの実務でも、数字自体は合っていても、勘定科目、単位、年度、増減の向き、注記との対応などを原文・表・過去開示と照合して初めて気づく問題があります。

3. 会社固有の用語と過去開示が揺れる

参照すべき用語や過去訳が与えられていない場合、前年と今年、決算短信と統合報告書、本文と図表で訳語が揺れることがあります。英語として成立していても、正式な事業名、KPI、製品名、経営用語などは企業として統一されていることが重要です。JPXも英文資料の標準化と品質向上のため、開示項目や勘定科目等の日英対訳情報を提供しています[3]。AIに一般知識だけを求めるのではなく、「自社では何と呼んでいるか」という企業固有の英語資産を継続的に参照できる状態が必要です。

4. 原文より強い・弱い表現になる

生成AIは、自然な英文に整える過程で、断定を強めたり、逆に曖昧にしたりすることがあります。特に、将来見通し、目標、方針、株主還元、投資計画などでは、表現の強さそのものがメッセージです。文法上の正しさだけでは確認できません。

5. 一文ごとには正しくても、資料全体では整合しない

AI翻訳をページやファイル単位で進めると、同じ言葉が別の訳になったり、略語の初出が抜けたり、見出しと本文で用語が変わったりします。英文IRの品質は、一文単位ではなく、資料全体、さらに年度をまたいだ開示全体で見なければなりません。

6. 「自然な英語」と「投資家に読みやすい英語」は同じではない

生成AIは自然な英文を生成できる一方、指示や参照情報が十分でないと、日本語原文の情報順序や修飾関係を強く引き継いだ英文になることがあります。文法上は成立していても、結論が後ろに置かれる、主語や論理関係が曖昧なまま残る、一文に情報が詰まりすぎる、といった形です。これはOne World LinkのIR翻訳・校閲実務でも繰り返し確認する論点です。社長・CFOメッセージなどでは、意味が合っているだけでなく、読み手が一度で理解でき、企業のメッセージが明確に伝わることが重要です。

7. 最後に必要なのは「誰が品質を保証するのか」という設計

最も重要なのはここです。AIを使うこと自体が問題なのではありません。問題は、AI出力の後に「誰が」「何を根拠に」「どこまで」確認するかが決まっていないことです。用語集、過去訳、社内表記、原文、最終PDFを別々の場所で確認していると、品質管理が担当者の経験と注意力に依存しやすくなります。JPXの英文開示実践ハンドブックでも、英文開示を進めるうえで体制、人材、技術、Knowledgeの整備が重要な論点として扱われています[2]。

では、AIを使わない方がよいのか

いいえ。One World Linkでは、AIを使わないことが答えだとは考えていません。英文IRでは、初稿作成のスピード向上や繰り返し作業の削減など、AIが大きく貢献できる領域があります。

ただし、AIを導入すると「翻訳」という作業が消えるのではなく、仕事の重心が「生成」から「管理と判断」に移ります。どの過去訳を参照するのか、正式な用語は何か、原文と意味が一致しているか、数字と表記は正しいか、公開前に専門的な判断が必要か。こうした確認を毎回手作業で行えば、AIで短縮した時間の一部が後工程の確認や手戻りに戻ることもあります。

OWLBASEが目指しているのは、この「運用」を一つにつなぐこと

OWLBASEでは、企業ごとの翻訳メモリや用語、過去訳を参照しながらAI-assisted translationを進め、Word、Excel、PowerPointなどの資料を扱うことができます。また、必要に応じてOne World Linkのプロフェッショナル翻訳サポートへつなげることができます。

重要なのは、AIを人に置き換えることではありません。 AIが得意な処理、企業が蓄積してきた英語資産、そして専門家の判断を、一つの運用としてつなげることです。

まとめ

AI翻訳の品質は、出力された英文だけを見て判断することはできません。英文IRでは、意味、数字、用語、過去開示、表現の強さ、資料全体の整合性、読みやすさまで含めて確認する必要があります。

AIを使う企業が増えるほど、重要になるのは「どのAIを使うか」だけではありません。AIに何を参照させるのか、企業固有の英語資産をどう蓄積・更新するのか、そして、どの段階で専門家の判断を入れるのか。こうした運用設計が英文IRの品質と効率を左右します。

参考情報・出典

[1] JPX「TDnetによる英文開示」  リンク

[2] JPX「英文開示実践ハンドブック」  リンク

[3] JPX「日英対訳集」  リンク

[4] NIST, Artificial Intelligence Risk Management Framework: Generative Artificial Intelligence Profile (NIST AI 600-1)  リンク

[5] Nakhle et al. (2025), “DOLFIN – Document-Level Financial Test-Set for Machine Translation,” Findings of NAACL 2025  リンク

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