AI翻訳の品質について考えるとき、多くの方がまず気にするのは「誤訳がないか」ではないでしょうか。
明らかな誤訳、訳抜け、数字の間違い、不自然な文法。こうした問題はもちろん確認が必要です。
しかし、AI時代の英文IRで、むしろ判断が難しくなっているのは、英文としては自然で、文法的にも問題がないのに、日本語原文から少し意味がずれているケースです。
さらに最近では、作成した英文をChatGPTやCopilotなどの生成AIでもう一度チェックする企業も増えています。すると、元の英文が間違っていなくても、「こちらの方が自然です」「よりプロフェッショナルです」と別の表現が次々に提示されることがあります。 そこで重要になるのは、
「AIが修正案を出したか」ではなく、「その英文を本当に変更する必要があるのか」
を判断することです。
KEY TAKEAWAY
英文IRの品質確認では、「もっと自然な英語にできるか」より先に、「日本語原文と同じ意味を保っているか」を確認する必要があります。
流暢な英文であっても、企業のコミットメントの強さ、対象範囲、条件、因果関係などが変われば、企業が発信するメッセージそのものが変わります。
「間違った英語」より見つけにくい「もっともらしい英語」
以前の機械翻訳では、語順や文法の不自然さから、問題のある訳文に気づきやすいケースが多くありました。
現在の生成AIは、文章を自然に整える力が大きく向上しています。そのため、問題のある内容でも、読みやすく説得力のある英文として出力されることがあります。
NIST(米国国立標準技術研究所)は、生成AIがもっともらしい誤った内容を提示する現象を「confabulation」と整理しており、生成内容が入力元の情報から逸脱するケースも含めています。
また、2026年にACLで発表された機械翻訳研究でも、流暢でありながら原文に忠実ではない翻訳が、機械翻訳の信頼性における重要な課題として扱われています。
英文IRで怖いのは、「誰が見てもおかしい誤訳」だけではありません。
一読しただけでは問題に見えない、小さな意味の変化です。
01「目指す」が「実現する」に変わる
例えば、日本語原文が、
「2028年度までの目標達成を目指します。」
だったとします。
AIが、
We will achieve the target by FY2028.
と訳せば、英文としては非常に自然です。
しかし、「目指す」が「達成する」に変わっています。
We aim to achieve the target by FY2028.
であれば、日本語原文のコミットメントの強さにより近くなります。
IRでは、「目指す」「見込む」「計画する」「予定する」「実施する」は同じではありません。
生成AIが英文を読みやすく整える過程で、この強弱まで整えてしまうと、企業として発信するメッセージが変わる可能性があります。
02 対象範囲が少し広がる
日本語原文:
「一部の事業で価格改定を実施しました。」
AIによる英文:
We revised prices across our businesses.
英文だけを読めば自然です。
しかし、「一部の事業」が「事業全体」に広がっています。
このような主語・対象・範囲の変化は、単語レベルの誤訳よりも見つけにくい場合があります。
英文として成立しているからです。
03 条件が消える
日本語原文:
「市場環境を見極めながら、必要に応じて追加投資を検討します。」
これが、
We plan to make additional investments.
となれば、自然な英文ではありますが、
- 市場環境を見極める
- 必要に応じて
- 検討する
という条件が弱くなっています。
結果として、原文よりも投資実行の確度が高い印象を与える可能性があります。
04 背景説明が「原因」に変わる
日本語では「~などを背景に」「~もあり」「~を受け」といった、因果関係を限定しない表現が多く使われます。
生成AIが文章を整理する際、これを単純な
because of
due to
as a result of
などに置き換えると、本来複数ある要因の一つが、唯一または直接的な原因のように読める場合があります。
IR資料では、単に英文として読みやすいかではなく、会社がどこまで因果関係を述べているのかを見る必要があります。
05 正式な企業用語が「より自然な別表現」に変わる
AIにとっては、意味の近い複数の英語表現から、その場で自然と思われるものを選ぶことができます。
しかし企業側では、
- 事業名
- 経営戦略名
- KPI
- 製品・サービス名
- 人的資本に関する用語
- 過去の開示で継続使用している表現
などについて、すでに正式な英語表現が決まっている場合があります。
AIが「より自然な表現」に置き換えた結果、英語としては正しくても、企業として使うべき言葉ではなくなることがあります。
ここでは、一般的な英語として正しいかではなく、
「この会社では何と表現するのか」
というKnowledgeが必要になります。
AIでもう一度チェックすれば、問題は解決するのか
ここは、これから特に注意したいポイントです。
翻訳した英文を別の生成AIに入れて、
“Please improve this English.”
“Make this more natural.”
と指示すると、多くの場合、何らかの修正案が返ってきます。
しかし、それは元の英文が間違っていることを意味しません。
生成AIは、「別の自然な英文を作る」ことも得意だからです。
例えば、
The Company aims to increase profitability.
という正しい英文を、
The Company seeks to improve profitability.
The Company is focused on enhancing profitability.
などに変えることはできます。
どれも英文として成立します。
しかし、英文IRのレビューで必要なのは、
「どの表現も可能か」ではなく、「変更する理由があるか」
という判断です。
KEY TAKEAWAY
AIが違う英文を提案したことは、元の英文が間違っている証拠ではありません。
AIによる翻訳をAIで再チェックする場合でも、最終的には、日本語原文、企業固有の用語、過去開示、文書全体の文脈を根拠として判断する必要があります。
AIの修正案は、3種類に分けて考える
One World Linkでは、AIから修正案が出た場合に、すべてを同じ「修正」として扱うべきではないと考えています。
大きく分けると、次の3種類があります。
Correction|修正が必要
日本語原文との意味の不一致、訳抜け、数字、事実関係、明確な文法エラーなど。
これは修正すべき問題です。
Corporate Preference|企業として決める表現
複数の英語表現が可能でも、企業として統一して使用する用語や表記があります。
これは「英語の正解」というより、企業の英文資産として管理すべき情報です。
Optional Alternative|別の表現も可能
元の英文に問題はなく、AIが別の自然な英文を提示しているだけのケースです。
ここまで毎回変更してしまうと、過去開示との整合性が失われたり、レビューのたびに表現が変わったりする可能性があります。
校閲の品質は、変更した箇所の多さでは決まりません。
正しい英文を、別の表現が可能という理由だけで書き換えないことも、品質管理の重要な判断です。
英文IRのレビューで本当に確認したいこと
AI時代の英文IRでは、「もっと良い英語にできるか」という問いだけでは十分ではありません。
まず確認したいのは、
日本語原文が伝えようとしている内容を、同じ強さ・範囲・条件・文脈で英語にできているか。
そのうえで、企業固有の用語や過去開示との整合、数字や年度、資料全体の統一、そしてグローバルステークホルダーにとっての読みやすさを確認していきます。
東京証券取引所も、英文開示実務を支援するため、翻訳外注だけでなく機械翻訳の活用方法を含む「英文開示実践ハンドブック」を提供しています。AIや機械翻訳の活用が進む一方で、英文開示を継続して運用できる体制を整えることが、これまで以上に重要になっています。
AI時代は「英語を作る力」から「正しい英語を判断する力」へ
AIによって英文を作ること自体は、今後さらに速く、簡単になっていくでしょう。
一方で、
どの英文を会社として採用するのか。
どの修正は必要で、どの修正は不要なのか。
一度決めた表現を、次の開示にどう引き継ぐのか。
こうした判断の重要性は、むしろ高まっていきます。
One World Linkは約15年にわたり、日本企業の英文IR・コーポレートコミュニケーションを支援してきました。
AI時代に必要なのは、AIを避けることではありません。
AIの提案をそのまま正解とするのではなく、日本語原文と企業固有のKnowledgeを基準に、必要な修正だけを判断できる仕組みをつくること。
それが、これからの英文IR品質管理の重要な役割だと考えています。
自社の英文IRを、一度客観的に確認してみませんか?
AI翻訳や生成AIによるチェックを導入したものの、
- 修正案が多すぎて、どれを採用すべきか分からない
- 正しい英文まで変更されている気がする
- 日本語との意味の一致を社内で判断しにくい
- 過去訳や用語との整合性まで確認できていない
といった課題がある場合、まず現在の英文品質を整理することが重要です。
One World Linkの**英文IR品質評価(Evaluation Report)**では、英文の自然さだけではなく、日本語原文との意味の整合性、表現の一貫性、IRコミュニケーションとしての品質を確認します。
企業固有の過去訳・用語・翻訳メモリを次の英文開示へ継続的に活用する運用については、OWLBASEでもご相談いただけます。
参考情報
- NIST, Artificial Intelligence Risk Management Framework: Generative Artificial Intelligence Profile (NIST AI 600-1)
- Chatterjee et al., HAT: Hallucination Annotation for Translation, ACL 2026
- 東京証券取引所「英文開示実践ハンドブック」
Mia Omatsuzawa 大松澤実絵
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